保全活動の意義

全国各地の採草地が放棄され森林に戻っていった昭和30年代、40年代、土呂部ではダイコン栽培に関連した和牛飼育が盛んになったため採草地の利用が復活し、現在まで6haが残されてきました。

しかし、昭和後期に最盛期を迎えたダイコン栽培や和牛飼育も、働き手が町に出て高齢化が進展するという世の中の大きな流れに逆らえず下火になっていきました。このため、ダイコン栽培も和牛飼育も徐々に減少を続け、平成26年現在、和牛飼育は1戸4頭にまで減少しました。これに伴って採草地は利用されなくなりヒノキを植えたり放棄される面積が増加します。そして現在は和牛飼育をしている一戸が0.5haを採草するのみとなりました。残された採草地の5.5haもシラカンバやヤマナラシ、ヤマハンノキなどの樹木が侵入し森林化が進行しています。

せっかく土呂部の人々が長い間苦労をして残してくれてきた採草地がこのままでは消滅してしまう、茅ボッチのある里山の風景や咲き乱れる草原の花々も見られなくなってしまう、我々のなかに大きな危機感が生まれてきました。

万葉集で詠まれた秋の七草

採草地は人の営みとともに長い間存在し、人の手によって守られてきた人為的な草原環境です。万葉集で詠まれた秋の七草は、

  1. 萩(ハギ)
  2. 尾花(ススキ)
  3. 葛(クズ)
  4. 瞿麦(カワラナデシコ)
  5. 女郎花(オミナエシ)
  6. 朝顔(キキョウ)
  7. 藤袴(フジバカマ)

の7種類の植物ですが、いずれも草原に自生する代表的な花です。

草原に咲く花々の美しさを讃えたものだと思います。万葉集では他にも草原のことを詠んだ歌があることは、当時から全国各地にそのような環境が身近にあったことを示す一つの史料ということができます。

激減する草原環境

それだけ長い間ごく普通にあった草原は、かつて国土の13%を占めていましたが、現在では1%にまで減少してしまいました。これまで当たり前のように人里近くにあった万葉集にも登場するキキョウやフジバカマは絶滅危惧種になり、オミナエシやカワラナデシコなどの草原性植物は滅多に見ることができなくなっています。

栃木県内でも那須の一部には採草地が残されているところもありますが、人の手によって長い間残されてきた草原は、現在は土呂部の採草地が県内最大規模になっています。

獣害による被害の拡大

ここ十数年、農地や人里近くに出没する、シカやイノシシやサルによる被害がクローズアップされています。

土呂部でも畑にせっかく植えた作物が被害に遭うため、作物を植えるのをあきらめてしまったり、あるいは電気柵で畑を守りながら栽培を続けている状況です。

土呂部の採草地にも数年前からシカの食害と思われる跡が多数見られるようになりました。とくにニッコウキスゲやツリガネニンジンはシカの大好物なので、平成26年は蕾をほとんど食べられてしまい開花には至りませんでした。

茅ボッチのある風景

茅ボッチのある秋の風景はかつては人里でよく見られました。秋の乾いた風に吹かれた佇む茅ボッチはどこか郷愁を誘ってくれます。なつかしい原風景を見るような感じです。

栗山地域でも比較的最近まで見られた風景ですが、前述のとおり採草地を維持する必要性が低くなり、今では土呂部でしか見ることができなくなってしまいました。土呂部の茅ボッチのある風景は、百年後にも誇れる継承すべきふるさとの風景として「とちぎのふるさと田園風景百選」にも選定されています。

採草地を守る

土呂部の人々によって長い間守られ、素晴らしい環境が残されてきた土呂部の採草地。しかし今後も草刈りを行わずこのまま放置しておくと、森林化が進行し、多くの希少な草原性植物が絶えてしまうことになります。またシカによる食害からも植物を守っていかなくてはなりません。森になってしまったら茅ボッチが立ち並ぶ美しい秋の景観も見られなくなってしまいます。

このような状況にある土呂部の採草地を保全し、未来に引き継いでいくためには、現在の状況を正確に把握し、できるだけ科学的に、かつ、現実的な保全方法を地元の方々とともに考え、実行していく必要があります。 日光茅ボッチの会では、土呂部の採草地を守ってきた地元の方々のご協力とご指導をいただきながら、草刈りや樹木の伐採搬出、また電気柵の設置など、できることから少しずつ取り組んでいます。

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